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灰色猫のはいねの生活

灰色猫のはいねの生活

その5

運動会を明日に控えた土曜日の今日、1時間目は入場行進や開閉会式の最終練習、2時間目は校門に立てられる入場門やグランド周りの飾り付けをする。
明がてきぱきと指示を出す。
「1.2年生は石拾いとゴミ拾いしてて。男子、入場門手伝いに行って。大介、スピーカーの場所、石灰で印付けたら中入れた方が良いよ。もう今日は使わないから。」
明の段取りには無駄が無い。
要領良く仕上がって行く。
3時間目からは紅白に分かれて最後の活動だ。
自作の応援歌を歌いながら、男子はアーチの仕上げ、女子は応援旗の四方にフリンジを縫いつけていた。
白地に色とりどりの勝利の文字。
周りを囲むフリンジは清々しい空色。
みんなで考えて作ったこの応援旗が俺はとても気に入っていた。
応援合戦では、俺がこの旗を持つのだ。
「出来たよ、応援旗。」
由記の声に振り向くと、体育館の床に広げられた白組の応援旗はみごとに完成していた。
「こっちも出来たから、女子も打ち付けるの、手伝って。」
新聞紙の上のアーチをみんなで立て板の上に並べる。
「くぎ打つのは5.6年生でやるから、3.4年生はそこらへん片付けて。」
明の様に由記が指示を出す。
応援団長は俺だけど、白組を引っぱっているのは本当は由記だった。
紅組なら明がきちんと団長してるんだろうな。
俺がそう思った時。
あっと気付いた時は、もう手遅れだった。
危ないと声を掛ける間さえなかった。
完成した旗を見る者、アーチ側に駆け寄る者、片付けようと移動する者、みんながいっぺんに行動した時、すれ違う足がアーチ用のバケツを引っかけ、ばしゃりと音をたててたった今完成したばかりの応援旗を、赤や、青や、黒や、そんな色に染まった水で見る間に汚していったのだ。
「あ…。」
バケツを引っかけたのは3年生の絵美だった。
「あーあ。」
「どうすんだよ、これ。」
立ちすくむ絵美に、4年生や5年生が口々に責める。
「…ご、ごめんなさい。」
震える声でやっと言うと、絵美はぽろぽろと泣き出した。
「泣いてすむことかよ。」
「おい、」
尚も責める声に言いかけた時だった。
「いい加減にしなさい。」
厳しい声が響いた。
「各学年、体育館と教室にあるバケツとありったけのぞうきん持って来て。早く!」
由記だった。
その声に4年生も5年生も、6年生の真実までいっせいにダッシュした。
その間に素早く旗の回りの絵の具や筆やマジックを、安全な台の上に避難させる。
由記は一番早く届いたぞうきんを受け取ると、旗の上の水を吸わせ、バケツに絞った。
「みんな、とにかく水を拭いて。」
みんなの作業を確かめるとそのまま動けずにいた絵美にもぞうきんを渡す。
「泣かなくていいの。みんなと一緒に片付けよう。」
誰かの失敗をつい責めてしまうのは、誰にもあることだ。
それは、確かに誉められたことではないけれど、とめるのは最上学年でもある6年生の役目だった。
6年生は白組に4人いる。
4人いるのに、とめたのは由記だったのだ。
「もう、良いだろ。バケツの水捨てて、ぞうきん洗って戻して。」
汚れた旗を折りたたんでいた時、絵美に付き添っていた由記がそっと俺に耳打ちした。
「どうしよう、旗。」
その言葉に、一瞬俺は驚いた。
いつも堂々として、さっきだって先生に負けない位の判断でみんなを動かした由記でさえ、どうしていいのかわからないことがあったのだ。
「また作ればいいじゃんか。」
俺は答えた。
失敗したなら、やり直せばいい。
出来ないのなら、出来るまでやればいい。
負けたのなら、勝つまで繰り返せばいい。そう思ったのだ。
「昼ご飯食べたら、俺の家で旗作ろうぜ。マジックとか用意しとくから、由記は旗の布、持って来いよ。」
「…でも、間に合うかな?」
「間に合わせようぜ。」
最後の運動会なんだから。
「みんな、今日はこれで解散。明日のためにゆっくり休むこと。それから、旗は明日までに何とかするから今日のことは一切言うなよ。もし一言でも言ったら白組追放だからな。」
笑いながら言った。
何故か、すがすがしい気分だった。
「みんな、寄り道しないで早く帰るのよ。」
いつもの調子に戻った由記も声をかけた。


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